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「第二十一回:City Lights」

海の部屋_第二十一回_掲載写真

平日の昼間、特に人が少ない車両で窓の外をぼーっと眺めていると、自分が動いているのか街が動いているのかわからなくなりそうだった。そんなはずないとわかってはいるけれど、それくらいに忙しなく変化する世界に付いていけないでいたのだ。
周りの世界はどんどん先に進むのに、私はまだここで足踏みをしている。ずっとずっと足踏みをしたまま、どんどんと遠ざかっていく世界とそれに帰属する私の身体をただ見つめているような、そんな感じ。


煙草の銘柄も思い出せないし、火をつけたところで吸えもしないのでビールだけでいいか、とコンビニで一番小さい缶ビールを買った。本当に、こんな時にしか出番がないようなサイズだ。
それにしても不意に思い立ってお墓参りに行くなんてどうかしている、まったくおばあちゃんじゃないんだから。けれどこの世界と心を切り離す手段はそれくらいしか思いつかなかった。

赤く悴む手で水をかけては、スポンジで擦りながら「こういう時は花とか買ってくるんだった」と気付いたが、なんかもうどうでもよくなって掃除も程々にビールをあけた。
そして寺でも神社でもないのにひととおりの懺悔を終えた後、誰もいなかったのでこっそりとリリースしたばかりのアルバムを聴いてもらおうとスマホで音楽を流す。
やっぱり何度聴いても最高なんだよ、ほら今の流れとか、本当にこんなに良いアルバム作ったんだからさ、少しくらい前に進めたっていいのにね。これでも結構頑張ったんだけど。

供えたばかりのビールをちびちび飲みながら、バンドや家族のこと、友達が地元に帰った話なんかをした。こういう時、口に出したら何かが変わってしまいそうなことも話せるのはかなり心地がいいものだ。本当はそれが、ほんの少しのビールと非日常に酔っているだけであるとわかっていても、わかっているから、こんなときばかりは許してほしいと思ってしまう。
それからしばらくの間、ただ突っ立っているだけの身体とは裏腹に、頭の中はずんずんと急ぎ足で幸せの記憶を辿るのだった。


記憶の旅から戻れなくなりそうな丁度その時、スピーカーから
「昔々君がついて行った人は今も心の奥で生きてるかい?」
という言葉が流れ、はっとした。
それは私の肩をしっかりと掴んで、ぼやけた身体の輪郭を取り戻すように、『昔』と『今』の区別を気持ちいい程はっきりとつけたのだ。
そうか、私たちの手を離れて自立した曲たちはこんなにも早く自分自身を支えたのだとわかり、今まで考えていたことが全て杞憂であったように思えるくらい嬉しくなった。嬉しいというよりももっと、期待と安心が複雑に絡み合うような、そんな感じだった。
横に彫られた名前を見て、なんか本当に変な名前つけられちゃったよね、なんて言う少しだけ不謹慎な言葉がよぎり、くすっとしてしまう。


帰りの電車は帰宅ラッシュなのか、こんなご時世とは言いつつもかなりの満員だ。けれどそのおかげで、行きのような空想に耽ることもなく目の前を過ぎる街の灯りを淡々と眺めることができた。電車の窓が特殊なのか、夜に近づくほどに緑がかる空はあまりに綺麗すぎて、絶え間なく流れる灯りを横目に「みんな幸せになれればいいのに」なんていう常套句しかでてこなかった。
SNSではまた一人友達が地元へ戻ったことを報告していて、それはこの街からまた一つ窓の灯りが消えたことを意味していた。

電車を降りていつもの道を歩く。
黄、黄、黄、白、黄、白。
街灯の色くらい揃えればいいのに。


海 (2022.02.09更新)




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