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「第十九回:cell」

海の部屋_第十九回_掲載写真

朝起きると、寝る前につけた暖房と出したばかりの毛布のせいか、身体が火照って喉のあたりまでぎゅうっと熱かった。
不機嫌な身体をようやく起こして窓を開ければ、部屋の中ぱんぱんに詰まった熱気が一気に流れ出て、それと入れ替わるように真っ白な空から冷気が押し寄せてくる。
「うわ、寒っ」なんて呟きながら布団に戻ったが、先程の空の白さを思い出すと居ても立ってもいられなくなり、部屋中のカーテンを開けて珈琲を淹れた。

冬の曇り空は他の季節と違って特別心地がいい。きっと一度も行ったことがないのに「ロンドンはいつも曇り」なんていう小学生の頃に聞いたような話を鵜呑みにしているからだろう。溜まった洗濯物の事なんか忘れて、少しだけお洒落な気持ちになるのだ。
手足の末端から一瞬で冷えた身体に浸透する温かい珈琲を飲みながら、やっぱり冬は一段と美味しい、なんて思う。まだ生々しく熱を帯びる口内に冷たい空気を入れれば、腹の底で温められた空気がため息となって、ついさっき窓を開けた時のように気持ちよく流れ出た。
きっと冬の珈琲はため息まで美味しいのだ。


何度も経験している分、頭では自分が冬の持つどんな表情を好きだったか理解している。
外から帰ってきた人の連れてくる外気とか、鼻の先の赤さとか。立ち昇る白い息を追うように上に目をやると気付く、針で無数の穴を空けたような星空とか。
けれど面白い話で、身体はそれら全てに、まるで初めて経験するみたいに胸をときめかせる。
きっと生まれたての赤ちゃんたちの仕業だ。

人間の細胞が数年で全て入れ替わるとしたら、私の身体は去年の冬から既に三分の一近く入れ替わってしまっただろう。
新たに生まれたばかりの細胞の赤ちゃんは初めて感じる匂いや風、音の全てに感動し、そのことをあらゆる手段で伝えようとするのだ。時に胸を激しくゆすったり、時に鼻の奥をツンと刺激して目に涙を浮かべさせたり。

そして、この世界はまだ美しいでしょ?と悔しいほど得意げに語りかけてくる。何度も何度も言い聞かせてくる。
私がこの世界に生きている理由は、私の細胞が一番よくわかっているのかもしれない。


海 (2021.11.11更新)




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