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「第十二回:抱擁」

海の部屋_第十二回_掲載写真

私はよく「抱きしめてあげたい」という言葉を使う。それはきっと、「あなたにはずっとこの世界にいてほしい」という気持ちの現れなのだと思う。
愛おしい人も愛おしいものも愛おしい現象やそのすべてを抱きしめたい、私の世界から何一つ消えないように。
私にとって抱擁は冷えた心が温まるとか、愛が伝わるだとかそんなことではなくて、もっと大きな安心と感動を与えてくれる手当てなのだ。



四方八方に無限に膨らむ不安と焦りはとてもじゃないけど自分だけでは収集がつかない。
渇いた砂の城がほろほろと崩れて、数日も経てば元から無かったかのようにそこら中に散らされるような、そんな具合に。
人の心はそれほどに脆い。


散り散りになった砂を集めて、強く抱擁されると不確かだった存在が徐々にその形を取り戻して、完璧に元の形には戻れなくともそこにあることはわかるくらいになる。
それは「あなたは確かにここにいて、私はどんな形でもあなたに存在していて欲しいの」と言われているようだった。


この世界に受け入れられているという安心は私にとって何よりも大切で、それは目に涙がたまる程素敵なことなのだ。
そしてその潤いは渇いた砂を立派な城にするときに必要な水分となる。


守りたいものはなるべく目の行き届く範囲で、なるべくこまめに砂守を。
それを怠れば思い出す頃にはもうなくなって、なくなったことにすら気づかないかもしれない。


そして私がしたたくさんの抱擁によって守られたものたちに、今度は自分自身が抱きしめられるのだ。
「あなたにはずっとこの世界にいて欲しい」と。



海 (2021.05.18更新)



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