リーガルリリーBa.海の部屋
「第十回:そして春が終わる」
ヤカンでお湯を沸かしているとラジオからブルーハーツが流れてきた。
キッチンの椅子に腰掛けながら金魚を眺めていると「僕達今夜、このままずっとここに居るのか?」と口をパクパクさせている。
最近飼った金魚は徐々に棲み家になれたのか私が見ていても気にせず遊んでくれるけど、おかげで独り言も着々と増え、気がつけば「なんだ?嫌なのか?」と声に出ていた。
そんな愛しい空間を遮るようにヤカンから鈍い音がヒューと鳴り、次第にカタカタと催促してくる。
まったくもう、この曲が終わったら火を消そうと思っていたのに。
ラジオはこちらが選ぶ隙もなく色々な情報を与えてくれるから好きだ。今日はスマパンのビリーが誕生日だとかヴァンヘイレンが死んだとか。
そして偶然流れてきた思い出の曲は丁寧に記憶の糸を手繰り寄せ、なんてことのない会話をリプレイしては余韻もなく鳴るジングルを合図にまた元の場所に戻すのだった。
3月が終わり4月になってお気に入りのラジオ番組が終わった。
学生の頃は一年かけて仲良くなった友達と離され、大人になった今は大好きなラジオ番組が終わるなんて。
その上無理やり出会わされたり、新しく始めなきゃいけない雰囲気になるのが春。
どうしてこうも冷淡なのだろう。
ついこの前3人で話していた「春は暖かいようで実は冷たい」は真理なのか?
けれどそうでなくちゃわたしはなにも更新しない22年間を過ごしていたに違いないし、あれこれ考えすぎるような人には春みたいに「ほら!切り替えて!」と手を叩いてくれたほうがいいのかもしれない、とも思う。
ラジオのジングルと同じはなしで。
けどさ、ただ余韻をもう少しだけ、鬱々としながらも陽射しに包まれて昼寝をしていたいと思ってしまうんだ。
来週には遅咲きの桜もハラハラと散ってしまうのかな、なんて考えながら。
海 (2021.04.19更新)
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「第二十五回:愛をこめて」
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「第二十四回:skin」
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「第二十三回:初夏、爆ぜる」
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「第二十二回:ばらの花」
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「第二十一回:City Lights」
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「第二十回:たまらない」
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「第十九回:cell」
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「第十八回:生業として」
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「第十七回:何もかも憂鬱な夜にはスープのことばかり考えて暮らした。」
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「第十六回:李の季節」
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「第十五回:整理番号0番、Kの夜」
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「第十四回:雨男のバイブル」
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「第十三回:デロリアンに乗って」
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「第十二回:抱擁」
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「第十一回:金麦、時々黒ラベル」
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「第十回:そして春が終わる」
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「第九回:青色の街、トーキョー」
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「第八回:生活のすべて」
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「第七回:世界の絡繰」
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「第六回:ロマンス、ブルース、ランデブー(雑記)」
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「第五回:キリンの模様」
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「第四回:一切合切」
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「第三回:愛おしい(いと おいしい)時間」
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「第二回:キッチン」
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「第一回:猫と金柑」