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「第十八回:生業として」

海の部屋_第十八回_掲載写真

秋の柔らかい空気は、その優しい香りと裏腹に胸の奥までもチクリと刺すような残酷さを持ち合わせていて、時折その心ない風にやられてしまう。

最高の終わりを期待すればするほど「そううまくいくものじゃないよ」と突きつけられる現実は知らず知らずのうちに粘度を増し、悪びれる様子もなく日常に転がった。いっそのこと身動き取れない程の枷ならば諦めがつくのに。
煩わしさは敷かれたばかりの道路を通る度にネチネチと音が鳴って地面が靴底に吸い付くのと丁度同じくらいで、きっと「それでも歩みを止めるな」と示唆しているのだろう。

卒業式も出席せずあっけなく大学を卒業してから、もう半年以上が経った。周りはOLさんや幼稚園の先生になって、その肩書きがあなたは立派な大人ですと判を捺されているようで少し羨ましい。
「学生」から正式に「音楽家」という職業になった私は役所に行くたびにどこか浮世離れして見られているようで、眼鏡越しの視線が少しだけ痛かった。彼は気づいてなかっただろうが、それらは視線だけでなく、無駄にアクセントの強い口調や机を鳴らす指の細部から十二分に伝わったのだ。


学生の頃、現代文の先生が「私は他にずっと好きだったことがあったけれど、その好きなことを仕事としてお金に換えていいものかすごく悩んで、今の仕事を選んだ」と話してくれたことがある。
好きなことを仕事にできたらどれだけ幸せなのだろう、とばかり考えていた当時の私にとって、その言葉はあまりにも新鮮だった。
けれど、好きなことを生業とする覚悟を持つことがどれだけ怖いことか今なら少しだけ分かる気がする。
自分の好きを形にすれば、それは評価の対象になり一存で価値をつけられることは免れないし、何日も何ヶ月もかけて生み出した一曲を一蹴されることは、分かってはいても堪えるのだ。


それでいても私たちが毎日音楽と向き合い続けるのは、新しい曲をこの世界に産み落とす時の快感を、他人の意識を交錯させ音を重ねる快感を、これ以上のものを生活の中で見つけることができないからだろう。
そして何よりも、3人のかっこいいにただ自信があるのだ。好きなことを好きでいられるように、生業とする覚悟を決めたからこそ、それだけは曲げる必要はないと思える。


ミロのヴィーナスがその両腕を失っていることで無限の美を手に入れていたとしたら、曲も同じことで未完成である曲の可能性は無限である。
しかし私たちはその両腕を復元して完全体に、想像を膨らましていた時よりも絶対に素晴らしい腕を再現しなければならない。
骨が折れる作業だけど最近はそれが私たちの戦うフィールドであると自覚し、そこに楽しさを見出しているのだ。
だからきっと、次のアルバムは素敵なものになるんだろうな。


海 (2021.10.13更新)




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