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「第十五回:整理番号0番、Kの夜」

海の部屋_第十五回_掲載写真

ライブが終わり外に出ると久しぶりの新鮮な空気に肺が驚いて、心臓をノックするように少しだけ鼓動が早まった。
夏の夜は下に溜まっていた空気がいろんな物を連れて空に戻るような、そんな匂いだ。
しばしば人の心すらも引っ掛けていくので、浮ついた気持ちになるのはそのせいだろうとにらんでいる。

久々のライブだったが誰と興奮を分かち合うわけでもないので、少しだけ遠回りをして帰ることにした。
薄く砂っぽいサンダルは歩くたびに小さな石がふくらはぎに当たる。
人数が制限されたライブならきっと大丈夫だろうとこんな足元で来たけれど、案の定何事もなかった。そしてその事実が少しだけ寂しい。

「トーキョーの夜はフシギ」
たくさんのロマンスを生んだであろうこの街を、嫌いだとか好きだとか特別思ったことはない。
毎日の白米と同じで、存在を意識するよりずっと前から身近にあった場所なのだから。
それなのにいつしか"覚悟を決めた街,,にいることは荷が重いと感じるようになった。
この街の誰からも自分は見えていないような気がするのだ。
すれ違う若者の殺気はただ目の前を捉えて離さないだけなのに、自分にはその違和感が、浸かっていた湯船がいつの間にか海になって波にのまれていく様に感じていた。舵の取り方も心得ていないうちに。

家に着いて砂っぽくなったふくらはぎを流しながら、今日のセットリストを反芻する。
久々の轟音で鳴り止まない耳鳴りと鼓動。
器用に鼻と耳を手で押さえて頭の先までお湯に浸かると、遠くに聴こえる音と水中のノイズが妙に心地よかった。

じっとりとした布団の中で生き残るための居場所を探すのは大変だけれど、寝苦しい夜に窓から室内より少しばかり軽い空気が入ってきてふんわりと髪を撫でる瞬間が幼い頃から好きだ。
いつもなら鬱陶しい虫の羽ほど小さな音も今日は気にならない。
揺れる遮光カーテンのわずかな隙間から、いつの間にか朝の青さが漏れ出てベランダの茄子がちらりと見える。葉にアブラムシが付いていないか無性に気になり確認しにいったが、何事もなかった。
時計を見る代わりにカーテンと目を隙間なく閉じ、少しずつ体温が奪われるのを待つ。


「ああ、あのバンドがいるこの街が好きだ。」
擦られすぎた口実だとしてもそう思いたい。少なくともこの耳鳴りが止むまでは。



海 (2021.07.15更新)




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