2018年11月に発売された、元ちとせ自らの原点である奄美大島の「シマ唄」新録アルバム『元唄(はじめうた)~奄美シマ唄集~』が、気鋭のアーティストたちのリミックスで新たな表情を見せる配信リリースが決定した。第一弾は、アルバムのオープニングを飾る楽曲であり、大河ドラマ『西郷どん』奄美大島編でも話題となった、奄美では誰もが知るポピュラーな歌シマ唄「朝花節」である。元ちとせは中孝介と共に、二丁の三味線弾き語りで、オーソドックスかつトラディショナルなシマ唄を聴かせたが、ここでリミックスを担当したのは坂本慎太郎。元ゆらゆら帝国のヴォーカリスト/ギタリストとして活躍、現在はソロとして活動中の異才だ。
サイケデリックでエクスペリメンタルなオルタナティヴ・ロックの極北だったゆらゆら帝国の解散後、ロックの画一的な集団熱狂やありきたりな定型表現、安直な共感狙いの歌詞などに背を向け、ロックの本質に迫る感覚や思想を追求して独自の境地を歩む坂本は、現在までに3枚のソロ・アルバムを発表している。いずれも現代ポップ・ミュージックの流れに一石を投じるような刺激的な作品であり、ゆらゆら解散以来、2017年に新たなバンド編成で久々に再開したライヴも、高い評価を受けている。
今回の「朝花節」リミックスも、いかにも坂本らしいサウンドが全開だ。元ちとせの美しくオーガニックなオリジナル・ヴァージョンを、元ちとせと中孝介のヴォーカルのみを残し、時にはそのヴォーカルさえも大胆にエフェクトを施し、リズム・マシーンとベースの簡素なリズム、ラップ・スティールの夢幻的なリフレインのみの隙間だらけのアレンジで楽曲を構成。最近の坂本作品に通じるトロピカルでムーディーでサイケデリックで、どこか空虚な面持ちをたたえた全く独自のサウンドに仕上げている。最初から最後までクールでフラットなトーンを貫き、おおげさな盛り上がりもドラマティックな展開もなく、それでいて原曲の生命のエネルギーに満ちたポジティヴィティを失うことなく、2019年最先端のポップ表現に仕上げる、その手腕には脱帽のほかない。原曲がオーソドックかつトラディショナルな作品なのに、いやだからこそ、こうした大胆で実験的なリミックスを施す意味があるし、全く違う景色を見せることで、オリジナル・ヴァージョンの美しさがさらに際だっているのである。これまでほとんどまったく接点さえも見いだせなかった両者の邂逅は、かくも刺激的で実りのあるものになった。
小野島 大(音楽評論家)
坂本龍一 コメント
元さんの音楽を、流れる河のように、あるいは揺蕩う海のように描きたかったので、アルバムをよく聴いたところ「渡しゃ」が一番ふさわしいと思い選びました。 しかしオリジナルの歌は僕にはまだ少し元気過ぎたので、実は少し遅くしてあります。
坂本龍一
音楽家。1952年東京生まれ。
1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年『YMO』を結成。散開後も多方面で活躍。
『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞を、『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。
環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、「stop rokkasho」、「NO NUKES」などの活動で脱原発を表明、音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動も行っている。
2017年春には8年ぶりとなるソロアルバム「async」を発表した。
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